中村勘九郎が激やせ!父親:中村勘三郎の死因の真実はエイズ?

歌舞伎

大河ドラマに出演する中村勘九郎さんですが、どうやら激やせが話題になっているようです。

父親である中村勘三郎さんと同じ病気が理由との不穏な噂も…

今回は、中村勘九郎さんの激やせ理由&父親である中村勘三郎さんの死因の真相に迫っていきたいと思います!

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中村勘九郎の激やせ理由は病気?

NHK大河ドラマ【いだてん~東京オリムピック噺】に出演する中村勘九郎さん。

そんな彼が”激やせした”とネット上で噂が飛び交っていますが、一体何があったのでしょうか?

確かに画像を見てみると、物凄く痩せているのが分かるかと思います!

クロ
クロ

え…ドラマ大丈夫?

病気が原因との噂もあったので、余計に心配です。

しかしどうやら、何も心配することはなさそうでした(笑)

日本初の五輪マラソン選手、金栗四三(かなくり・しそう)を演じる主演の歌舞伎俳優、中村勘九郎は「『こんな大河見たことない』と言われるような最高の作品を作りたい」と宣言。

2018年1月から“肉体改造”し体重は落とさず体脂肪だけ落としたという。「今は体脂肪率11%。がっちりした肉体作りを行っています」と日に焼けた顔で語った。

確かに、同じ歌舞伎仲間の中村七之助さんと比べて黒さが目立ちますね(笑)

歌舞伎をやりながらドラマ撮影に臨んでいたので、かなりの過密スケジュールだったようですが、そこは嫁の前田愛さんと二人三脚で乗り切った様です。

(体の調節は)まぁ僕じゃなくて、妻がやってくれます」とニッコリ。体調管理は愛妻に任せっきりのよう。

梨園の妻として大変なことが沢山あると思いますが、それでも良妻として評判なようで…

「2児の子育てに加え、子供の芝居のこともある。これだけ大変なことを、グチをこぼさずやっている。梨園の妻になってそろそろ9年がたつけど、悪い話は聞かない」(同)と前田の良妻ぶりを明かす。

家族全員で助け合っているからこそ、今回の厳しい減量にも取り組めたんですね(;^ω^)

勿論、病気でもなんでもないので安心してくださいね(笑)

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中村勘九郎の父親:中村勘三郎

さて、先ほど中村勘九郎さんの病気の話をしましたが、歌舞伎ファンの中には中村勘九郎さんの父親である中村勘三郎さんのことを思いだした人もいるのではないでしょうか?

中村勘三郎さんは、2012年12月5日に57歳という若さでこの世を去りました。あまりにも早すぎる別れに様々な人々が涙し、葬儀・告別式には1万2000人もの人々が参列したそうです。

実はそんな彼の死の真相について、現在色々と噂が流れているようなのです。

一般に言われている中村勘三郎さんの死因は、”急性呼吸窮迫症候群”です。

一体どんな病気なのかと言うと…

「急性呼吸窮迫症候群」とは、一般的にARDSと言われています。

簡単に言うと”肺の損傷”であり、外傷や大量輸血などを行うと発症されるようです。

今回中村勘三郎さんは、食道癌の治療により免疫力が低下してしまい、肺がウイルス感染してしまったことが原因で急性呼吸窮迫症候群を患いました。

ということで、肺の損傷が死因だと言われているんです。

十分おかしくないと思うのですが、一体どうして他の噂が流れているのでしょうか?

死因の真実はエイズなの?

中村勘三郎の死因がエイズというのは、デマの可能性が高そうです。

中村勘三郎の死因がエイズという情報の出どころをさぐってみましたが、主だったメディアはどこも報じていません。

ということで、死因の真実とされる”エイズ”は完全なガセ情報だと判明しました。

ちなみにこの”エイズ”という病気ですが、

HIV感染は、〇行為による感染が最も多いです。

主として、女性は膣粘膜から、男性は〇交によって生じる亀頭部分(粘膜)の細かい傷から、精液、膣分泌液に含まれるHIVが侵入することで感染します。

という病気です。

恐らく中村勘三郎さんが若い頃から女性と浮名を流す機会が多かったので、このようなしがない噂が流れてしまったのだと考えられます。

ネット上に流れる情報はしっかりと取捨選択しないといけないですね!

食道がん治療から3日後に…

2012月の5月に食道癌が発覚し翌年には演劇活動を停止していました。その後、抗がん剤治療受け自ら主催するゴルフコンペで準優勝するほど回復した中村勘三郎さん。

7月には12時間にも及ぶ外科手術を受けたそうです。翌日には病院内の廊下を歩けるほど回復したそうですが、三日後には急性呼吸窮迫症候群でお亡くなりになりました。

“急性呼吸窮迫症候群”で亡くなったことがハッキリとしましたが、それにしても手術後院内を歩けるようにまで回復したにも関わらず、わずか3日で亡くなるなんておかしくないですか…

一体どうしてこんな短い時間で亡くなってしまったのでしょうか?

勘三郎さんのがんは本来手術が不可能だったのです。放射線治療、若しくは抗がん剤放射線のみの治療でしたら来春のこけら落としに出られた可能性があったのです。

確かに、病気の最初は食道がんの発見からですから、抗がん剤治療や放射線での治療だけでも十分良かったはずですよね。

「あくまでも仮定の話ですが、手術をせずに放射線で治療して、それから化学療法を行っていたら、少なくとも1、2年は生きられたと思いますよ」

こんなお医者さんの話もありますし、放射線治療を選択することでも良かったはずです。

しかしそれでも中村勘三郎さんは手術をすることを選択しました。

そこに一体どんな理由があったのでしょうか?

「(手術をすると)声が出なくなるという可能性もなくはないの。手術しないで放射線でやるやり方もあるんだけど、そうすると再発も多いっていうし。だから声が出なくなってもいいから、62、3まで生きて、この感じを保つ方がいいのかっていろいろ考えるよね」

再発防止のために手術をすることを望んだのですね。

若くして亡くなってしまった中村勘三郎さん…彼の冥福を祈りたいと思います!

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