羽生善治の伝説エピソードまとめ!永世七冠や凄さの例えを詳細解説!

棋士

中学生でプロデビューし、それ以来驚異的な勝率を長年記録をしている棋士の羽生善治さん。

羽生善治さんは最強の棋士であるとともに、長年、「天才」「頭のいい人」のアイコン的存在にもなっています。

今回はそんな最強棋士・羽生善治さんの伝説についてまとめていきたいと思います。

羽生善治の凄すぎる伝説をまとめてみた!

羽生善治さんは、1985年の15歳の時にプロデビューし、1996年の25歳の時に初の七冠を達成した将棋界最強のプロ棋士です。

現在の将棋界は藤井聡太7段(2019年5月現在)など若手の活躍が目立っていますが、現役棋士最多の「王位・王座・棋聖」の3つを保持している羽生善治さんは現在進行形の伝説の棋士です。

若手が頭角を現している現在も根強い最強説あります!

将棋を知らない素人でさえ名前を知ってますもんね!

こちらが羽生善治さんのプロフィールです

【名前】羽生 善治(はぶ よしはる)
【誕生日】1970年9月27日
【プロ入り】1985年12月18日
【棋士番号】175
【出身】埼玉県
【師匠】二上達也

小学校1年生の時に将棋に出会い、15歳の時にプロデビューした羽生善治さん。

そんな彼には数々の伝説があります(^^)

永世七冠を達成し、国民栄誉賞受賞

羽生善治さんは2017年12月5日の第30期竜王戦で14年ぶりに竜王位を獲得し、通算7期の条件を満たして永世竜王の資格保持者となり、初の永世七冠を達成しました!

将棋には、竜王戦・名人戦・叡応戦・王位戦・王座戦・将王戦・王将戦・棋聖戦という8つの大きなタイトル戦があります。

毎年開催されるこれらのタイトル戦で優勝した人が、「竜王」や「名人」と言った称号を獲得するのです。

ちなみに、竜王戦が一番序列が高くて、棋聖戦が一番低いみたい。

優勝賞金も竜王が約4000万で棋聖が約300万円なんだって。

8つのタイトルは一つ獲得するだけでも相当な栄光ですが、それを何度も獲得する人に「永世称号」が与えられます。

羽生さんはその偉業を称え石碑まで建てられました。

出典:hakusuikan

石碑と言われると相当な功績が称えられてる気がするのは筆者だけではないはず!

永世七冠の獲得条件はタイトルごとに下のような規定があります。

では羽生さんは一体どれほどのタイトルを獲得しているのかというと…

画像を見る限り、ほぼ羽生善治さんで埋まっています…。

羽生善治さんはこれらのタイトル戦でたくさんの勝利をおさめたので、永世七冠を達成することができたのですね!

将棋の長い歴史を鑑みても、永世七冠達成者は羽生善治さんを除いて僅か2人しかいないんだよ。

史上初の永世七冠を達成したことにより安倍晋三内閣総理大臣から棋士として初の国民栄誉賞を、囲碁棋士の井山裕太七冠と共に授与された。

国民栄誉賞を授与されるなんてすごいですよね∑(゚Д゚)

ツイッターでも賞賛の声が多数上がっています!

棋士として初受賞というのも羽生善治さんのすごさを物語っています!

凄さの例え「魔王を倒した伝説の勇者」

Twitterでの例えが面白いですね(*^^*)

ちなみに、永世七冠の凄さをわかりやすくドラクエ風に例えると、「大魔王を倒した伝説の勇者」だそうです(笑)

野球で例えるなら、

「三冠王を5年連続で取る」に等しい記録です。

通常で考えれば有り得ないと言っても過言ではありません。

Twitter上でも野球の話で例えられていましたが、

だそうです!

この世にいる野球選手でこの偉業を成し遂げられる人はいないでしょうね。

個人的に凄さの例えで好きだったのが、「タイトルに独占禁止法が適用されたら、間違いなく該当するレベル。」という例えです(笑)

永世七冠を達成することは、とにかく凄いことなんです!!

勝利で手が震える→相手は敗北!

羽生善治さんは対局中に手が震えることがあります。

しかしそれはアルコール中毒などの症状ではなく、勝ち手が見えた時に起こる症状だそうです!

「このままいけば勝てる!しかし油断は禁物!」と考えると震えだすようです。

勝ちを意識して興奮してしまうけれど、うっかり足元を掬われないように相手に悟られまいと耐えている状態とでもいいましょうか。

勝者の武者震いでしょうか!?

すでに勝ちの手が見えている羽生善治さんは千里眼でもありそうです(笑)

勝つ直前の合図とでもいいましょうか、解説者の「あっ羽生さんの手が震えた」「ということは羽生さんの勝ちですね」というフレーズは将棋ファンにとって有名なフレーズとなっています!

なんかかっこいいですよね(笑)

また、対局相手の駒を弾いてしまうほど震える時があるらしいです!

自分の駒が勝利の震えで弾かれたら「あ〜もうダメかもしれない」と思ってしまいそうですよね(^_^;)

実際そう思ってしまうらしく、女流棋士の竹俣紅さんがある番組で、

(羽生)先生の手が震えたら(私達※自分に指先を向け)もう終わりだと思ったほうがいいです

と語っていたそうです(^^;;

対戦相手からしたら試合中に自分の負けがわかることほど恐ろしいものはないですね…(笑)

解説絶叫!伝説の一手「▲5二銀」

羽生善治さんの伝説の一手といえば、▲5二銀

神の一手とも言われている一手を生み出したのは、1988年に行われた第38回NHK杯戦準々決勝での加藤一二三さんとの対局です。

当時、羽生善治さんは19歳でした。

ひふみんビックリするくらい若いわね(笑)

現在の加藤一二三さんと比較するとひふみんという愛称でよばれている面影はないですね(笑)

さて、話は二人の試合の話に戻りますが、

一進一退の攻防が続き、白熱の終盤戦。解説はなんと将棋連盟会長の米長永世棋聖。

加藤一二三九段が「これでどうだ!!」と勝負手を放った直後、羽生は解説も発狂する手を指す。

3図の局面で羽生は▲5二銀!と銀をタダのところに打ちました。

タダ捨てのインパクトと、解説の米長の「お~!やった!」という絶叫もあって、この手は羽生の数々の名手の中の代表とも言われるものになりました。

この一手で羽生善治さんは、加藤一二三さんに逆転勝利し、NHK杯初優勝を記録しました!

この一手が何が凄いのかの?

よく分からないわ~

というあなたにこの【52銀】の凄さを簡単に解説しているブログがありましたので、リンクを貼っておきます。

読んだら戻ってきてね(笑)

歴代名人をなで斬りにしてNHK杯初優勝を決めた羽生の有名すぎる名手▲5二銀。

一見手がかりがなさそうな後手玉を一撃で仕留める次の一手のような鮮烈な一手は、米長邦雄永世棋聖の名解説でよりその輝きを増した。

羽生善治さんの伝説の一手▲5二銀。

もちろんこの▲5二銀は絶妙な手で素晴らしい手なのですが、ここまで伝説化したのは、米長永世棋聖の「お〜やった〜!」というオーバーリアクションのお陰だとも言われています(笑)

勝負中に爆睡する理由が意外!?

羽生善治さんは、なんと対局中に寝ます。

ネットで生中継されていることも御構い無しに寝ます。

大きなタイトルがかかった勝負でも寝てしますそうです。

普通は寝たら負けそうなものですが、なんと羽生善治さんは勝ってしまうんですよね(笑)

羽生さんの仕事は将棋ですから、仕事中に寝てるってことです。

例えるなら車の販売員がお客さんの目の前で爆睡してるけど、最後にはベンツを売ってしまうようなもの。

なぜ羽生善治さんは勝負の最中に寝てしまうのでしょうか?(笑)

もしかして、盤外の戦術なんじゃ…

将棋の世界には「盤外戦術(ばんがいせんじゅつ)」という言葉があります。

例えばわざと咳をして、相手の邪魔をしたりすることがそうですね…

もしかすると羽生さんが寝るのも「盤外戦術」?

いいえ違います。羽生さんが寝る理由はただひとつ、それは「睡眠不足」

まさかの「睡眠不足」!

羽生さんはいくつもタイトルを持っているため、常に防衛戦をしています。

タイトル戦は朝から夜中まで続きますし、場所はバラバラなため、月曜日は九州、木曜日は北海道なんて日もあるそうです。

『闘う頭脳』の沢木耕太郎さんとの対談では、羽生善治さんの忙しさが分かるエピソードが紹介されました。

羽生:順位戦のように持ち時間の長い将棋だと、時間をフルに使って、感想もいっぱいやると、だいたい午前三時か三時半。家に帰るのは四時とか四時半。

沢木:あまり余裕がないじゃないですか。

羽生:ええ、だからもう、私は秒読みに追われるようにして寝ているんです(笑)。

つまり、羽生善治さんが勝負の最中に寝てしまうのは忙しくて睡眠不足だからということですね。

では、なぜ羽生善治さんは寝ても勝つことができるのでしょうか?

短い時間でも仮眠をとることで頭がスッキリして、集中力がアップするから。覚醒した羽生さんは手が付けられません。

ジャッキーチェンは酔えば酔うほど強くなりますが、羽生さんは寝れば寝るほど強くなるのです。

まさに睡拳(笑)

睡眠には集中力アップの効果があるんですね!

しかし先ほど、羽生善治さんが寝るのは盤外戦術ではないと言いましたが、負けた相手からしたら結構なダメージがきますよね(^^;;

無意識に対局相手にトラウマを与えてしまう羽生善治さん。

さすが将棋の鬼と呼ばれるだけありますよね(笑)

結論:羽生善治が伝説と言われる理由

羽生善治さんのデビューは伝説的だったと言われています。

藤井聡太はデビュー後、29連勝。一方、羽生善治は6連勝止まり。

一見、デビュー当初は大したこと無かったと思ってしまいますが・・・違います!

羽生善治のデビューは伝説的なんです。

羽生善治さんは小学6年のとき奨励会入会試験に合格し、以降、1年あまりで6級から初段に昇段しました。

6級から初段の間には7級〜15級までの段級があります。

そしてその後も驚異的なスピードで昇段を重ね、加藤一二三さん、谷川浩司さんに続く史上3人目の中学生棋士となります!

ちなみに、加藤一二三さんは「神武以来の天才」と呼ばれており、谷川浩司さんは羽生善治さんの前の第一人者(名人)とされていました。

羽生善治さんはプロ棋士初年度に全棋士中第1位の勝率を記録します。なんと勝率は7割4分です。

この年の将棋大賞新人賞と勝率1位賞を受賞します。その後、18歳という史上最年少で将棋大賞の最優秀棋士賞も受賞しています。

ちなみに、現在の最高勝率は8割5分らしいですよ。

また羽生善治さんといえば、解説者も説明に困る常識外れ的な手を指すのが特徴的です。

常識にとらわれない「ひらめき」の一手で羽生善治さんの対戦は形勢逆転します。

これにはファンも興奮せざるおえません!

さらに前述した1988年のNHK杯で加藤一二三さんとの対局で指した▲5二銀は「伝説の一手」と呼ばれています。

なぜこの一手が伝説と言われるかというと、

羽生善治は誰が見ても圧倒的に不利な状況でした。

5二銀という一手が形成を逆転し、結果的に羽生善治が勝利しました。

▲5二銀という一手のおかげで逆転勝利をおさめることができたため、伝説化したようです(°▽°)

また、羽生善治さんが伝説と言われる理由には将棋界では少し前述した史上初の「国民栄誉賞」の受賞があると思います。

『将棋界を牽引する棋士の第1人者として、1996年に初めて7冠を同時に制覇するなど比類なき功績を重ね、将棋界初の永世7冠という歴史に刻まれる偉業を達成、多くの国民に夢と感動を、社会に明るい希望と勇気を与えることに顕著な業績があった』

受賞理由も数多の偉業の達成により国民栄誉賞に輝くだけの人物だと称誉していますね!

羽生善治さんは最強の棋士と呼ばれています。

しかし、谷川浩司さんや加藤一二三さんも最強棋士と呼ばれてきました。

そんな中で羽生善治さんが伝説化しているのには、永世七冠達成や、常識外れの一手、将棋界初の国民栄誉賞受賞などが理由として考えられると思います。

また、最近話題のコンピューター将棋に羽生善治さんが負けるのは何年後かというと、

羽生さんはコンピュータ対戦させてもらえません。何故なら『羽生善治』が万にひとつ負けたら将棋そのものの終わりだからです。少なくとも一般的には。

名人が負けようが竜王が負けようが世間的にはまだ大丈夫なんです。将棋界に伝説を成した人がいるから、まだ『人間がコンピュータに完全に敗北した』事にはならないのです。

名人という称号より竜王という称号より、羽生善治のほうが世間一般には絶対なのだから。

とのことです。

「羽生善治がAIソフトに負けたら終わり」と思われるくらい世間では史上最強の棋士と認識されていることになりますよね。

羽生善治さんがAIソフトに勝っても負けても、どちらにしろ大騒ぎは間違い無いと思います(笑)

羽生善治は趣味のチェスでも日本一!

羽生善治さんの趣味は「チェス」です。

将棋と似通っているチェスですが、趣味も頭を使うとはさすが伝説と言われる羽生善治さんですね。

そしてこの趣味と言っているチェスですが羽生善治さんのチェスの強さは趣味の範疇を大幅に超えています!

1996年当時26歳で本格的にチェスを習い始めた羽生善治さんは、2年後の1998年に国内の主要チェス大会である百傑戦で当時日本王者だった渡辺暁さんに勝利し優勝してしまいました!

この大会は羽生善治さんにとって初めての大会だったそうです…。

天才的すぎて言葉が出ません。(笑)

もちろんチェスの国際大会にも数多く参戦しており2011年にはフランス国内チャンピオンと引き分け、2014年のポーランド大会でも6勝2敗1分で好成績選手に渡されるIMノームの獲得もしており、2007年には国内でのレーティングはトップとなった。(現在でも2位)

もうお腹いっぱいです…(笑)

将棋だけではなくチェスでも非凡な才能を発揮していますね!

羽生善治の年収も伝説的だった!

数々の伝説を残している最強棋士・羽生善治さん。

彼が稼いだ生涯年収はすでに25億円を超えたと言われています!

2011年の段階で23億以上であれば2019年現在で超えている可能性は十分あります。

頭も良くてお金持ち…女子の理想ですね(笑)

羽生善治さんがプロ入りしたのは、1985年12月。

日本将棋連盟が賞金・対局料ランキングを公表しはじめたのは1993年からなので、それ以前の羽生善治さんの賞金・対局料はわかりませんが、1993年からの年収一覧はこちらになります。

1993年:1億63万円
1994年:1億1297万円
1995年:1億6597万円
1996年:1億6145万円
1997年:1億0182万円
1998年:1億1466万円
1999年:7872万円

2000年:1億0595万円
2001年:1億1519万円
2002年:1億1048万円
2003年:1億2910万円
2004年:1億1272万円
2005年:1億0391万円
2006年:9376万円
2007年:8132万円
2008年:1億0711万円
2009年:1億1278万円
2010年:1億1576万円

2011年:9886万円
2012年:9175万円
2013年:7281万円
2014年:1億1499万円
2015年:1億1900万円
2016年:9190万円
2017年:5070万円
2018年:7800万円

1993年から2018年全ての収入を合計してみたらなんと27億4231万円となりました!

一般的なプロ棋士の年収は、全体的な平均では700〜800万円とも言われていますが、実際は平均で330万円あたりとも言われています。

年によって1億円もの大金を稼いでる羽生善治さんはまさにトップレベルと言えます!

まとめ:結局、羽生善治の伝説って何なの?

羽生善治さんには数々の伝説がありましたね!

・永世七冠達成

・将棋界史上初の国民栄誉賞受賞

・勝利の震え

・伝説の一手「▲5二銀

・勝負中の爆睡 などなど、、

史上最強の棋士と呼ばれるだけありますよね(^o^)

また、羽生善治さんの年収についても調べてみましたが、すでに生涯年収が27億円超えなんてびっくりですよね!

まだまだ現役棋士として活躍中の羽生善治さん。

今後の活躍にも期待ですね(°°)

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