出川哲朗に本当は子供いる?何人?子供時代の伝説がヤバいよ!

お笑い芸人

出川哲朗さんは、昔は嫌われ者として有名でしたが、今ではすっかり好感度が高くなり、女性や子供からも好かれている存在です。

2004年には結婚もし、私生活も順風満帆・・・かと思いきや、どうやらそうでもないらしいです。

その原因は夫婦の子供にあるそうなのですが、どういうことなのでしょうか?

今回は、気になる出川夫妻の子供について迫っていきます。

出川哲朗の子供は何人?年齢は?

現在、出川哲朗さんと嫁の阿部瑠璃子さんとの間に子供はいません。

そう、結婚から15年近くたっているのに、お二人の間に子供はいないのです。

なぜ夫婦の間に子供ができないのでしょうか。

なにか理由があるのでしょうか?

嫁との距離感が問題だった

出川哲朗さんのプロポーズはキッカケを作った「ロンドンハーツ」で行われて、見事成功し2004年にめでたく結婚しています。

このようにテレビ番組がキッカケで、当時レースクイーンだった阿部瑠理子さんと結婚した出川哲朗さん。

ちなみに阿部瑠理子さんの画像がコチラ。

とてもキレイな方ですが、夫婦生活の方はというと・・・。

「奥さんとは10年以上キスしていない」

「8年奥さんの体に触れていない」

現在では出川哲朗さんの事を「クソテツ」と呼んでいるそうです。

なんだかすっかり冷え切っているような印象を受けてしまいますね(;^ω^)

まだ結婚2年目の2006年頃にはすでにセックスレスを公言していたので、阿部瑠理子さんに子供を作る気が無いのかも知れません。

その証拠にテレビ用のネタかは分かりませんが「哲っちゃんのDNAを残したくない」と言うような事を、嫁の阿部瑠理子さんに言われた事もあるようです。

なので、子供がいない理由はやはり阿部瑠理子さんが出川哲朗さんを拒否してるのが一番の原因では無いかと思われます。

これでは子供ができないのも当然かもしれません。

度々夜の営みは拒否られている事はテレビでもネタにされていました。

というか、ハネムーンの夜でさえ拒否られたのだとか(笑)

ハネムーンの夜でさえ拒否って…なんで出川哲朗さんと結婚したのか本当に不思議です。

更に、

結婚して12年たつのに後輩芸人が誰も二人で外食や散歩をしてるのを見たこと無い。

年末年始の海外旅行も出川一人で行ってる。

もはや本当に奥さんがいるのかと疑ってしまうレベルです(笑)

しかし、当の出川哲朗さんはテレビ番組で、

それを超えた深い関係性がある!

とお話していました。

確かに、いまだに離婚するという噂も聞きませんし、夫婦仲は悪くはないのでしょう。

私たちには分からない、特別な関係性があるのかもしれません。

でも本当は子供がいるの?

出川哲朗さんに子供がいないのは確かなようですが、ネット上ではこんな噂も。

「仲がいいんだから本当は子供がいるんじゃないの?

確かにここまで子供の噂がないと、逆に「子供がいるのでは?」と思ってしまいますよね。

真相はどうなのでしょうか。

ですが、実際のところお二人にお子さんがいるという情報は出ていませんし、目撃談もありません。

やはり本当に出川哲朗さんに子供はいないようです。

残念(+o+)

出川哲朗は子供時代から凄い男だった

学校の卒業式で出川が同級生たちを前に、「俺に5年の時間をくれ! 頭出したる。俺に10年の時間をくれ! 有名になったる。俺に20年の時間をくれ! 頂点取ったる。まあ見とけや!」とスピーチしたのはいまや“伝説”となっている。

出川哲朗さんに子供がいないということはわかりました。

では、出川さん自身が子供の頃はどんなお子様だったのでしょうか?

お坊ちゃんの生まれでお金持ち

実家は、神奈川県横浜市にある老舗海苔屋「蔦金(つたきん)商店」

蔦金商店の創業は、明治27年。

現在は出川哲朗さんが熱心に宣伝していることもあり、ご存知の方も多いのではないでしょうか?

出川さんの実家に関しては、昔から神奈川県北東部に住む有力一族だったようで、江戸時代には地元の新田開発にも携わったという歴史まであるとか。

そんな名家・出川家の現在まで続く生業である蔦金商店を起こしたのは、出川さんの曽祖父にあたる出川金蔵さんでした。

由緒ある家系の有名な老舗で産まれた出川さん。相当裕福なご家庭だったようで、

出川哲朗さんは子供時代、5階建てのビルに居住。

幼少の出川哲朗さんの面倒を見る専用のお手伝いさんがいた。

幼稚園の通園はベンツで送り迎えされていた。

調べれば調べるほど、お坊ちゃんエピソードが出てきます!

小学生時代のお坊ちゃんは、ブルースリーや松田優作の物まねをするような少年。

当時は「レーサー」を目指していたというから、まぁごく普通の子供だったようです。中学は横浜市立栗田谷中学に通っていて、普通に水泳をやっていたみたい。

おそらく何一つ不自由せずに小学生、中学生と進学していった出川哲朗さん。

そんな彼は高校時代に入って一気にぐれ始めることになります…

何があった?高校時代はヤンキー

しかし思春期ということもあってか、

高校生時代はヤンキーで「ケンカばかりしていた」と語っていた出川哲朗さん。

付いたあだ名は「キレたナイフ」だそうですから、腕っぷしが強かったことが伺えます。

今の出川さんからは想像もつかないですね。

しかし、

ネットには当時の出川哲朗さんはクラスの中のいじめられる一歩手前のいじられキャラだったという噂もあるようです。

おやおや、はたしてどちらが本当の出川さんなのでしょうか。

でもいじられキャラだったという方が、現在の出川さんに通じるものがあってイメージはしやすいですよね。

できればコチラが真実であってほしいですが、それを裏付けるような情報がありました。

高校時代のアルバムには「割れたメガネをかける出川」が写っているらしい。

どうも、ケンカをしてもやられてばかりいたみたいだ。

この姿を想像すると思わず笑ってしまいますね( ´艸`)

やはり昔も今も、出川さんは出川さんなんですね。

ちなみに部活は、

中学時代の部活は水泳部で高校時代は軟式野球部だった。

どうやら運動が好きだったようです。

今の出川さんは、どちらかというと運動音痴というイメージがあるので、これは意外ですね。

実家がピンチ?高校卒業後の進路

出川さんが産まれた頃は裕福だったようですが、

出川哲朗が高校生だった頃、実家の海苔問屋の経営が悪化。

倒産寸前の危機に陥った。そんな実家を助けるため、出川は料亭の料理人を目指す。

そして料理人になるため、尼寺・月心寺での修行を始めた出川。

ただ、当時は料理よりも雑用がメインの仕事だったそうだ。

実家のピンチを救うため、料理人の道へ。

最初からお笑い芸人を目指していたわけではなかったんですね。

しかし、

出川哲朗が中学生の頃から好んで読んでいた、矢沢永吉の『成り上がり』。

出川は月心寺での修行中に本を読み返し、「スーパースター」を目指す方向に転換することにした。

「スーパースター」を目指すとは、なんとも出川さんらしいですね(笑)

思い切って母親に板前ではなく役者になりたいと頼み込み、了承してもらった。

母親は「海苔屋は自分たちで頑張るから、自分の好きなことをやっていいよ」と言ってくれたそうで、出川は「それはすごい救われましたし、助かりました。」と当時の心境を語る。

「スーパースター」になりたいという息子のお願いを了承するなんて、本当に出川哲朗さんの母親は優しいと思います。

そんな母親の応援もあってか、現在の出川さんの人気はすさまじく、

“出川哲朗さんは子供たちにも絶大な人気があり、小学生が憧れの人物として出川哲朗さんの名前を挙げたりすることもある”

まさに「スーパースター」と呼ぶにふさわしい存在になったと言えるのではないでしょうか。

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