安倍昭恵は若い頃からパリピの宴会部長(笑)凄すぎる”クズ”エピソードを総まとめ!

著名人

現役総理大臣や歴代総理大臣の顔と名前は学校で習う知識であったり、クイズ番組とかでも定番問題だったりするので知っている人は沢山いるかと思います。

しかし、その総理大臣の奥様となると名前と顔まで覚えている人はほとんどいないかも知れません。

そんなどちらかと言えば日陰的存在の総理夫人ですが現在の安倍晋三総理の奥様のお名前と顔は相当数の国民が知っているのでは無いでしょうか?

筆者ももちろん知っていますが、安倍首相の奥様と言えば安倍昭恵さんですよね。

もしかしたら安倍総理より目立っているかもしれない安倍昭恵さんですが、我々が知る事になったのは数々のお騒がせ騒動を起こしている為なのは言うまでもありません。

筆者の勝手な総理夫人イメージは内助の功的な存在かと思いましたが、昭恵さんには全く当てはまりません。

失礼な言い方だと安倍総理の足を引っ張っている感がある昭恵さんですが、何故足を引っ張るような騒動を起こすのかについて過去の昭恵さんを紹介しつつ考察していきたいと思います。

若かりし頃の安倍昭恵って一体どんな人だったのか?画像あり

安倍総理はご存じの通り総理大臣の就任は現在が2度目ですが前回就任時に昭恵さんが話題になる事は記憶になかったと思います。

特に前回は安倍さんが体調不良で任期途中で退任されています。

しかし現在は連続3期目の就任期間と単純な期間も全然異なるので、前回も任期通りに勤めていれば何か起こっていたかも知れませんね(笑)。

さてここでは安倍昭恵さん個人について少し深掘りしていきたいと思います。

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安倍昭恵の生い立ち!社長令嬢のキャリアウーマン

  • 生年月日:1962年6月10日(2020年6月10日で58歳)
  • 出身:東京都
  • 旧姓:松崎昭恵(生家は森永製菓創業家と深い関りがあり、父の昭雄氏も森永製菓元社長で現在は衆議院議員)
  • 出身校:聖心女子専門学校、立教大学大学院
  • 職歴:電通社員(新聞雑誌局)、ラジオDJ、居酒屋経営等
  • その他:遠戚関係に岡本太郎氏

安倍総理とは1987年6月に結婚していますが、子供はいません。

御実家は父親が森永製菓社長を務めていたり、創業者一族に近い事からいわゆる社長令嬢という事になり、ご自身も職歴に電通社員時代があったりとキャリアウーマンの一面もあります。

ちなみに森永製菓と言えば昭和世代の人だと絶対に頭に浮かぶ「グリコ・森永事件」があるかと思いますが、あの事件があったのは1984年の事でした。

当然、森永製菓創業者一族と親戚関係の昭恵さんも当時は警護対象でプライベートな時もがっつりと警護されていたそうです。

そのせいで当時の安倍総理と交際している事が世に知れてしまったというエピソードがあるそうです。

流石に結婚前は社長令嬢とは言え一般の方なので出回っている写真は少ないのですが、上記の写真などはいかにもキャリアウーマンという感じがする姿ですね。

安倍昭恵の幼少期から社会人までのクズエピソードまとめ

単純に経歴だけを見れば大学に行けなかったとは言え、名門一貫校を卒業した後に「電通」という現在も超一流(いろいろ悪評も出てきていますが)企業に就職しています。

電通在職中に安倍さんと知り合って寿結婚されています。

ただ詳しく幼少期から学生時代、社会人と掘り下げていくと色々なエピソードが出てきています。

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幼少時代は虚弱体質で大人しかったって本当なの?

現在の安倍昭恵さんのイメージと言えば良くも悪くも行動的で自由奔放なイメージを持つ方がほとんどかと思いますが、幼少期はまったく今の面影は微塵もなかったようです。

生まれた直ぐの頃は授乳されても吐き出すほどで身体的にちゃんと育ってくれるかどうかを心配する程だったそうです。

小学生までの昭恵さんを知る人たちの印象ではおっとりとした話し方で全く目立つような子ではなかったと言われています。

そんな昭恵さんが変わるきっかけになったと言われているのが11歳の時にシスターから「もう少し積極性を出したらよいのでは?」とのアドバイスをきっかけに1カ月のカナダ短期留学をしています。

そこでの経験を経て徐々に積極的に行動する様になっていったそうです。

良家のお嬢様イメージとは真逆の学生時代を過ごす

安倍昭恵さんは幼稚園から小学校、中学校、高校、専門学校まで一貫して聖心学院に通っています。

そして聖心の最終学歴が大学ではなく専門学校というのに首をかしげる人も多いのでは無いでしょうか?

良家のお嬢さんの勝手なイメージとしては勉強が出来てスポーツもできる文武両道を思い浮かべる方が多くいると思います。

しかし、昭恵さんはスポーツは万能でゴルフ、テニス、スキーなどに熱中していましたが、勉強は本人が公言する程の”勉強嫌い”だったそうで成績はいつも”底辺”だったそうです。

聖心学院高校からは9割の学生が聖心大学へ内部進学できるのに、そこにも入れない位の落ちこぼれとなって専門学校へと進学したそうです。

まあ良家のお嬢様が100%文武両道な訳が無いのは分かっていますが、昭恵さんは規格外だったようですね。

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高校時代から夜遊びの達人でちょい悪生徒だった

昭恵さんの学生時代は勉強嫌いでスポーツ三昧だった事を前述しましたが、学校外では夜遊びの達人だったとの証言もあります。

同級生の証言では「高校時代から制服のボタンを外して、髪はソバージュ」という外見だったそうです。

さらに「派手目の服装でブランドバックを持ち、ゴルフ、テニスにスキーに流行りのスポーツをこなしていた。」

「ディスコには高校時代から専門学校時代も通っていた」との証言もあります。

分かりやすく言えば今で言うところのギャルでしょうか。

その時代を代表する10代女性の典型的なファッションだったようです。

ディスコ通いは夜中に自宅を抜け出して通っていたらしく、両親にもバレる事がなかったと言われています。

専門学校卒業後は電通に就職し、宴会部長となった

エスカレーターで進学できるはずの大学にはあまりの成績の悪さから進学できず専門学校を選択せざるを得なかった昭恵さん。

ちなみにこの専門学校は2018年で廃校になっている様です。

その後就職する事になりますが、就職先は現在も一流企業で名を知られる「電通」に就職します。

バブルをこの後迎える時代なのでこの頃の就職活動は今と全然違ってコネや学歴がモノをいう時代だったと思います。

昭恵さんの最終学歴は専門学校卒なので学歴では厳しいと思いますのでやはり見えない力で入ったと思われます。

表向きは学生時代に東大の広告研究会に所属していた縁となっていますが・・・・・。

晴れて電通社員となった昭恵さんが配属となったのは新聞・雑誌局という部署だったそうです。

当時の同僚の話が掲載されているのですが、その内容が衝撃的です。

仕事ぶりはほとんど覚えていませんが、お酒の席では明るくて歌を歌うことが好きで、“宴会部長”のような立場でした。

会社の英会話サークルに入っていましたが、英語力はちょっと?? なレベル。トランプ大統領とコミュニケーションはとれたのかしら…。

仕事ぶりは全く覚えていないとなかなか厳しいセリフから始まっている通り、昭恵さんは”出来る社員”では全くなかったようですね。

他にもこんな証言があります。

昭恵さんはディスコ好きで、酒に滅法強い。

“宴会部長”“宣伝部長”と呼ばれて、あちこちの飲み会に呼ばれていました。

社内に好きな男性がいて、なんでも親の力を使って結ばれようと画策したものの、うまくいかなかったとか。

どちらの証言も仕事の事は一切語られず酒席での印象や恋愛話しか覚えていないというのが、なかなかのダメ社員を印象付けますね・・・。

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25歳直前に結婚するもバブル到来でジュリアナ通い

一流企業の電通に就職した安倍昭恵さんですが、仕事面では当時の同僚に記憶されておらずもっぱら宴会要員としての記憶が残っているというものでした。

今では死語となったアフター5からが本領発揮だった昭恵さんの電通時代ですが、1984年の22歳の時にお見合いで現在の夫である安倍総理と出会っています。

その後3年程お付き合いをして25歳になる直前の1987年6月9日に結婚式を挙げて寿退職となりました。

新婚旅行はアカプルコに出かけたそうです。

帰国後は家庭に入るかと思われましたが、その頃から日本はバブルの好景気に入っていきます。

結婚を機に夜遊びは終了かと思われていましたが、残念ながらそうはならずロングヘアーではやりのボディコンファッションに身を包み、ジュリアナ東京のVIP席でお酒を飲む姿を当時はよく見かけられたと言います。

この当時はまだ安倍さんは父晋太郎さんの秘書官だったので、こういった夜遊びも許されたのかも知れませんね。

こういった事から昭恵さんは昔から流行りものが大好きですぐに首を突っ込む癖が当時からあったと言われています。

なぜ安倍昭恵は変なことをするのか?理由は?考察してみた

生い立ちで紹介した通り元々安倍昭恵さんは行動的で興味を持った事にはすぐに飛びつく傾向が既にありました。

ですが安倍総理が最初に総理に就任した時代に昭恵さんが話題になる事はなかったと筆者は記憶しています。

破天荒ぶりが目立つのは2度目の総理就任以降に集中しているかと思います。

いろいろ調べている内にそうなったのには理由がある事が分かってきました。

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考察①:安倍首相の辞任&病気療養で自由奔放な性格復活?

安倍昭恵さんの学歴については自身でも語っている通り落ちこぼれです。

9割の生徒が大学に内部進学できる制度であったにも関わらず成績が悪すぎてその中にも入れなかったので今は廃止された専門学校に進学します。

また職歴も超一流企業の電通に就職していますが、元同僚の証言にあったように優秀な社員としての証言はひとつも無く宴会部長と言われる程でした。

結局安倍さんとの結婚を機に寿退職になっているので腰掛け就職の様な形になりました。

もちろん結婚当初は気にしていない様でしたが安倍さんの地位が上がるにつれて増大し、首相夫人としてうまく立ち回れない自分に劣等感を感じるようになったと語っています。

決定的に思い知らされたのが最初の総理就任時に安倍総理と共に参加した2007年のサミットでした。

ご存じの通りサミット開催中は各国のファーストレディ同士の交流会等を行いますが、そこで昭恵夫人は自分以外のファーストレディの経歴があまりにも立派過ぎて圧倒されたそうです。

そんな時に当時のブッシュ大統領夫人に「自分が得意な事をやればいい」とアドバイスされ気が楽になったそうです。

そうした矢先に安倍首相の体調不良が表面化し9月12日についに辞任してしまいます。

突然全てを失った形となった昭恵さんは喪失感に苛まれたそうですが、次に安倍さんが表舞台に戻るまでに自分のコンプレクッスを克服しようとして立教大学大学院に通ったり、様々な勉強や活動に参加するようになっていきます。

つまり元々の活発で積極的な性格が復活したのでは無いかと思われます。

この結果、神道に傾倒したり居酒屋経営に乗り出したりと様々な事に手を出していきます。

さらに安倍昭恵個人としての主義主張がどんどん確立されて、自分自身の考えに基づき様々な活動を起こすようになったと思われます。

その結果が夫:安倍晋三の足を引っ張るかどうかは二の次になったと思われます。

考察②:本人に総理夫人の肩書が付きまとう自覚無し?

考察①と似た内容になるかも知れませんが、最初に総理を辞任する事になるまでは夫である安倍晋三さんの信念や考えに異論を唱えたりすることは無かったそうです。

もっと言えば政治家の領分には踏み込まない様にしていたと思われます。

ところが前述の様に勉強をやり直すことになった結果、昭恵さん自身の主義主張が芽生えます。

その考えは夫:安倍晋三とは異なる考えとなり、ついには「家庭内野党」を自負して安倍さんや与党自民党の政策に真っ向反論するようになります。

「消費税増税反対」「原子力政策反対」「大麻容認論」等を昭恵さん自身の考えとして述べています。

もちろん安倍さんの奥様であっても別の個人なので主義主張が違っても問題ではありません。

昭恵さんと一緒に反原発活動などで案内役を務めたジャーナリストの方がこう証言しています。

非常に感受性が強い方ですが、飽きっぽく冷めやすいところがあるんです。原発問題では、当初考えと行動が首尾一貫していましたが最近は、原発発言は減り、熱は冷めたようです」

他にも官邸関係者にはこうも言われています。

お嬢様特有のおおらかな性格で、物事を深く考えない。森友学園の名誉校長になったことも、『どうしていけないの?』と、深刻さが理解できない様子だった。安倍首相は『脇が甘すぎる』と怒っていた。」

ここで問題なのは昭恵さん本人はあくまで”個人:安倍昭恵”として様々な意見を発信、活動をしているつもりかも知れませんが、受け取る側は”首相夫人:安倍昭恵”として受け取っている人がほとんどであるということが想像できていな事だと思われます。

また思った事をすぐ口にしたり行動に移したりしているのも問題かと思われます。

過去一連の騒動を考えると昭恵さんにはそういった事の配慮や認識がまったく出来ていないと思われますし、自覚そのものが無いのかも知れません。

本人は全て良かれと思っての行動や言動なのかも知れません。

これでは安倍さんがいくら注意しても騒動が後を絶たないのも無理はありません。

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思いつきの行動と発言に対する首相夫人の影響力に自覚無し

安倍昭恵さんの今回の記事を書くにあたって過去の生い立ちを調べる事になる訳ですが、前述した通り若い頃はさほど勉強が出来ない事をコンプレックスに感じている様な感じは無かったようです。

もちろん安倍晋三さんの父親である安倍晋太郎さんも国会議員であったので結婚する当時からいずれは国会議員の妻になるんだろうなとの自覚はあったそうですが、まさか総理大臣になるまでは想像していなかったそうです。

(安倍晋三総理就任時の年齢は戦後では最年少で初の戦後生まれの首相でした。)

そんな安倍昭恵さんの若い頃の”クズ”エピソードに関するまとめです。

  • 安倍昭恵さんの実家は森永製菓創業者と遠戚関係で父親も元社長で良家のお嬢様だった
  • 幼少期は体が弱く性格も大人しかった
  • 11歳の時に1カ月の短期留学を行った事で積極的な性格に変わり始める

  • 学生時代はもっぱら流行りのスポーツに明け暮れていて勉強は大嫌いで成績は常に底辺だった
  • 高校時代は髪はソバージュ、制服も着崩してブランドバックを持ち歩くような学生だった
  • 夜遊びの常連で高校からディスコ通いを始めており自宅を抜け出して遊んでいた
  • 聖心学院の大学には内部の高校から9割の生徒が進学できるが成績が悪すぎて大学に進学できずに専門学校に進学した

  • 専門学校卒業後は超大手企業の電通に就職するが恐らくコネによる入社だろうと言われている
  • 電通では仕事をしていた印象がほとんどなく「宴会部長」と呼ばれ酒席での活躍が目立っており死語で言うところの「五時から社員」であった
  • 社会人時代はボディコンにソバージュの髪型という当時の典型的な若い女性のスタイルでディスコ通いも続いていた

  • 電通時代にお見合いで安倍晋三さんと知り合い3年の交際の後に寿退社
  • 結婚後にバブル景気が始まり昭恵さんの夜遊びやディスコ通いはしばらく続いていた
  • 安倍夫婦には子供ができず不妊治療も行った過去もあり養子縁組も考えた事があった
  • 1度目の総理就任時のサミットで各国のファーストレディの経歴の華々しさに昭恵さんは圧倒されてて自身の経歴の無さにコンプレックスを抱くようになる

  • 安倍総理が体調不良で退任し議員としても表舞台から一時退いた時に昭恵さんは一念発起し大学院に通ったり、学生時代の不勉強を取り戻すように様々な活動に手を出すようになる
  • 大学院を卒業し様々な活動で自信を付けた事で昭恵さん本来の積極的な性格に戻り、今まで行う事が無かった政治的発言も夫に遠慮せずに行うようになる

  • 2度目の安倍総理就任以降は好きな事や興味のあるものにどんどん手を出したり発言するようになり、関係者からは「飽きっぽくて冷めやすい」「物事を深く考えていない」と批評される
  • 安倍昭恵さんの一連の行動や発言は全て”安倍昭恵個人”のつもりなのかも知れないが、我々を含めた周囲の人間には後ろに”安倍晋三総理夫人”の看板が常にある事を昭恵さんが全く自覚していないと思われる
  • 昭恵さんの行動には全て良かれと思って行っている様に見受けられ、それがどういった影響を及ぼすかには考えが至っていないので注意されてもまた同じような騒動を起こしてしまう

総理夫人になった事で自身の劣等感が浮き彫りになり、総理夫人に相応しい人間になろうという思いで再度勉強に励むことになったのかも知れません。

ですが頑張り過ぎてしまい、変に自信が付き過ぎて総理夫人の立場というものをあまり考えなくなってしまったような感じがします。

ある記事では昭恵さんは今までの総理夫人のイメージを壊すためにわざとやっているとも語っていますが、首相夫人イメージを壊す為の一連の言動・行動がイメージ以外も沢山いろいろと壊している事に気づかれているのでしょうか?

手越さんのスキャンダル騒動の時も思いましたが、昭恵さん本人は”個人:安倍昭恵”の看板しか挙げてるつもりはないのかも知れません。

しかし、世間からは”首相夫人:安倍昭恵”の看板で見られている事をもっと自覚して行かないとまだまだ騒動は起きるかも知れませんね。

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